先輩が異動することについて

「デビュー当時、ジョニー・ロットンジョン・レノンを足して2で割ったような声をしているとの評判でしたけど、初めて聞いた時はそれよりもただただ変な声をしているなあっていう印象しかなかったですね」

先輩と一緒に入ったラーメン屋のラジオからはそんなコメントが流れていた。
カウンター越しの見えないところにでも置いてあるのか、目につくようなところには置いておらず、声の出所どころかラジオさえも確認することは出来なかったけれど、立ち昇る湯気に混じって確かにDJはゆるゆると喋り続けていた。

「それでも聞いていくうちにこの癖のある声が妙な味になってきて、気づいた頃には彼等の曲一本しか聞いてなかったなんて時期もありましたね。曲がりなりにも音楽をかけている身としてはそれじゃあまずいなって思ってそれからはまたいろいろと聞きかじるようになりましたけど、でも知らないうちにやっぱり同じのばっかりかけちゃってたりして」

もう慣れたか? と先輩は顔も上げずにラーメンを食べながら聞いてきたから、
いいえ、まだまだですよ。と僕は答えた気がする。

ちょうどその頃、僕は早くもこの仕事に嫌気がさしていて(それは今の今だって完全に消えたわけでは決して無いけれど)先輩はそんな僕の態度を敏感に察知したのか、それとも一日に一回は確実に上司に怒られている先輩だったから、たまたまその日はその一回の罵声が物凄く先輩の機嫌を損ねてしまったのかは定かではないけれど、僕等は目標もノルマも約束もとりあえずひとまず置いて、バイパス沿いのラーメン屋へと車を走らせた。知ったこっちゃねーよ、と文句を垂らしながらも、上司に見つからないように裏道に車を停める辺りが先輩らしいな、と今になって思う。

確かに変な声ですね。と僕は湯気に向かってぼやくように言ったら
レゲエじゃないから知らん。と返された。

先輩に関して言えば、この他にだってたくさんの出来事がまだまだ鮮明に思い出すことは可能なのだけれど、
Oasis」の「Rock'n' Roll Star」が流れていたあのラーメン屋の何気ない時間を僕はなかなか忘れることは出来ないと思う。